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パラグアイ産オーガニックマテ茶の魅力を一人でも多くの人に伝えたい。そして日本中にマテ茶を広めたい。そう、私はマテ茶の伝道師です。
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フェデリコ・マテのHPに登場するイラストは、漫画家の河口仁さんが描いてくれたもの。河口仁さんといっても、若い人は知らないかな。30年ほど前、「週刊少年マガジン」で「愛しのボッチャー」というギャグ漫画を描いていた人です。そのほのぼの感はまさに「昭和」そのもので、僕は大好きです。

友人の紹介で会った河口さんは、飄々とした自由人そのもので、初対面からすっかり意気投合してしまいました。そのあと何度か会いましたが、その度に「どうです。マテ茶は売れてますか? フヒャフヒャフヒャ」と拈華微笑の面持ちでこられるから、すぐに和んでしまうのです。

好奇心は旺盛で、年端もいかない子供がいれば近づいていって頭を撫でるし、猫と遭遇すれば抱きかかえようとする。屋台を見れば覗かないではいられないし、お店の人とはすぐに世間話を始める。耳順を過ぎて、その立ち居振る舞いは達人の域にいるのではないでしょうか。

そんな河口さんは、年季の入ったプロレスファン。出世作の「愛しのボッチャー」も実在したプロレスラーのブッチャーをトリビュートしたものだし、今も「ゴング」などのプロレス専門誌で漫画を描いているそうだ。

初対面のとき、「これがマテ茶です。南米のハーブティーです」とマテ茶の缶を河口さんに見せたら、「ああ、僕、これ知ってます。フヒャフヒャ」と笑われました。
「へえ、南米に行かれたことがあるとか、奥さんがブラジル人だとか、アルゼンチン人の愛人がいたとか…」
「いえいえ、昔ね、アントニオ猪木が売ってたんですよ」

あとで調べたら、日本でいち早くマテ茶を輸入販売したのはアントニオ猪木が社長をしていた「アントン・トレーディング社」。タバスコの輸入で有名ですね。で、プロレス会場で宣伝用に配られたマテ茶を河口さんは何度かもらったことがあったんだとか。ブラジル産のこのマテ茶はその名も「アントン・マテ茶」といって、猪木の似顔絵入りのいかしたやつだったそうな。
事業家の猪木は、当時六本木に「アントンリブ」というリブステーキが売りのレストランもやっていて、そこでもマテ茶を出していたようです。つまり、アントニオ猪木こそ、日本でのマテ茶伝道の先駆者だったのです。

「よく覚えていないけど、こっちのほうがずっとおいしい気がするなあ。フヒャフヒャ」
ありがとう、河口さん。カツアバ入りのエナジーを飲んで、さあ今日も一日、頑張ろうかな。


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このブログのタイトルの「マテマテ計画」について、少しお話したいと思います。「マテ」は「マテ茶」の「マテ」だということは、容易におわかりいただけるでしょう。そこで、です。「マテ」をアルファベットで表すと「mate」になりますね。僕はある時、この「mate」というアルファベットを見ていて、ふと気づいたのです。これって英語なら「メート」じゃないか、と。クラスメート、ルームメート、チームメートの「mate」です。「チェックメート」というのもあるけれど、あれはチェスの王手なのでひとまず置いときますが、とにかく「マテ」は「マテ茶」と「仲間」というダブルミーイングになっていたわけです。

いささか大仰過ぎるかもしれませんが、このことに気づいたとき、マテ茶伝道師の進むべき道が見えたような気がしました。この極東の島国にマテ茶を広めるということは、とりもなおさずマテ茶愛好家という「仲間」を作ることに他ならない。仲間探しの旅こそが、その使命なのだ…。そこで、「マテマテ計画」というタイトルで、マテ仲間を紹介していくブログを立ち上げたのでした。そんな崇高な志を「マテマテ計画」というタイトルに込めたつもりです。

誰から紹介しようか、実はずっと迷っていました。どんなことでも、初めての人って記録にも記憶にも残るものでしょう。誰でもいいというわけにはいきません。そんなある日、料理研究家の稲垣知子さんから「フェデリコ・マテをみんなで飲んでます」というメールがあり、彼女のブログを見たら、なんとも愛くるしいマテ茶愛好家(?)が目に飛び込んできました。

ココア君、君こそ「マテメート」1番にふさわしい。ということで、「マテマテ計画」がいよいよスタートします。このあとどんなお友達が登場するか、実は僕自身が一番ワクワクしています。

自薦他薦を問わず、「マテメート」は募集しているので、ぜひご一報を。

今日はとても気分がいいので、麦焼酎のマテ茶割り(フェデリコ・マテのリラックス使用)でも飲もうっと。


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